| 『スナオナキモチ』 |
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自分の中にある素直な気持ちが、いつか、消えて無くなってしまうんじゃないかって 幼馴染とも呼べる彼と喧嘩をしたのは、つい最近のこと。 ううん、喧嘩なんかじゃなくって私が一方的に怒って、話も聞かずにその場から逃げ出したのが本当の所。つまらない意地を張って、掛かってくる電話も取らず、全部留守電にしてみたけど…… そろそろ、声が聞きたくなってきたなぁ。 今度、電話が掛かってきたら素直になろうと決めた途端、彼専用の着メロがぱたりと鳴らなくなってしまったのは、罰が当たったからなのかな。 初めて会ったのは、小学生の時。私たちが再び出会ったのは、高校二年の秋のことだった。 病気治療のため、学年が一つ遅れた私と同級生になった彼。 当たり前のように隣に居た彼が、はっきりしておこうと言って告白してくれたのは、大学に入ったばかりの頃。桜の花びらが舞い踊る中での出来事だった。 空気のような存在になっていた彼が、大事に思っていてくれたことに感激したのはがつい、昨日のように思い出されて… ちょっぴり、悲しくなってしまった。 あれからもう六年の月日が流れ、今では二人とも社会人になり多忙な日々を送っていたりするけど。 彼の会社は少し変わっているように思うのだが「現場の状況を知らないものは、仕事が出来ない」と言う社長の方針により、入社後すぐ一年から二年は地方の工場勤務に就く決まりになっている。そのため札幌と東京に離れて過ごす羽目に陥ったの去年のことで。今までになく長く感じた一年が過ぎ、春、東京へ帰って来た彼は、桜を見そびれたと悔やんでいたっけ ……それなのに 「茜ちゃん、お待たせ！」 「香耶ちゃん、おっそい。この格好で一人立っているのは辛いものがあるのに」 ちょっぴり自分の世界に入っていた私を明るく元気な声が、現実の世界へと呼び戻す。 ごめん、ごめんなんて呑気に手を合わせてるけど… まぁ、いっか。 「ん〜 茜ちゃん最高！ その魔女の格好、似合ってるわ〜」 そう、彼女の強引な誘いで今日は仮装パーティーなるものに行く事になったのである。 ハロウィンは少し前に過ぎたのだけど、落ち込んでいる私を見るに見かねた彼女の申し出だった。 賑やかに遊ぼうとのお誘いであり、あえて断る理由も見当たらなかったこともあり、渋々ながらも承諾したのだった。 大学時代に知り合った唐木香耶子は目下の所、私の親友と呼べる存在である。気持ちは優しいし良く気がつくのだが、元気が良すぎてパワーが全開になると、付いて行くのがちょっと大変になってしまうのが難点だったりして。 「元気だしなよ！」 そう言って際どい格好の小悪魔が、背中をバンバン叩いてくれるけど…… 「元気だって、心配しなくっても大丈夫よ」 それならいいけど、と軽く流されてしまった。 気を利かせて流してくれたのか、本当に元気だと思ったのか。友人ながら香耶ちゃんの考える事は今一つ、理解できない感性が備わっていると思ってしまう。 「早く行かないと雄一に怒られる！ 茜ちゃん、急ごうか」 恥かしさも手伝って、私たちは小走りでパーティー会場へ、向かったのだった。 今日のメンバーを尋ねると、高校からの友人達と野球部の部員だった人がほとんどとか。 香耶ちゃんと雄一君が言い出しっぺと聞くと、うすら寒いものを感じるのは私だけだろうか。 おまけに会場は、雄一君のお知り合いが開いている小さなカフェだとか。 好き勝手なことをしでかしそうで…… 怖いな 待ち合わせた場所から歩いて五分ほどの場所に、そのお店はあった。 黒っぽい小洒落たドアが素敵なお店で、中に入ると店内はオレンジ一色。まるでカボチャの中に居るみたいな気分になって来て、少しだけワクワクした。 狼男にフランケンシュタイン、ドラキュラにミイラ男まで揃っていた。ミイラ男は本当に包帯をぐるぐる巻きにしてあって、誰が仮装しているのか分からなかった。 まぁ野球部のメンバーなんでしょうけど。 さながら大人のハロウィンパーティーと言った感じかしら。 「茜ちゃん、久しぶり！ 元気だった？」 「……一応」 パーティーも一段楽した頃、本日、首謀の片割れがやって来たのだった。 「今日、あいつも誘ったんだけど、何かと忙しいみたいでさ〜 回りに気を使いすぎるんだよ。俺みたいにのんびりするのが人生楽に生きられるのになぁ」 隣に座った雄一君はドラキュラになり切っていて、能天気ぶりはいつもよりも磨きが掛かっていた。この明るさが彼の取り得なんだろう、手にした赤ワインを美味しそうに飲み干していた。 あの人もこれくらい大らかに、物事を考えられればいいのになぁ、なんて考えていたら彼のマシンガントークに捕まってしまったのだった。 「今更だけど、あいつって薄情なの。あ、茜ちゃん、昔話だから笑って聞いてね」 なんて言って私の返事も聞かずに、急に昔話を始めたのだった。 あいつ、昔っから喧嘩弱くてさ、俺にいつも泣かされてたの。ある日、宝物だって知らずにトレカ取り上げんだよね。泣きながら帰ったはずなのに、親と一緒に返しにいった時はスゲーご機嫌だったのよ。 そしたら、次の日から俺を避けるように一人でこっそり帰るようになったのよ。胡散臭いと思わない？ 暫く様子を見たけれど何故だか分からなかったから、あいつを捕まえて「今日は一緒に帰ろうぜ」って約束したら、いつもの帰り道だったんだよ。拍子抜けしてさ。 で、次の日は上手く撒かれちゃって、置いてけぼり。そしたら今度は次の日からしょんぼり、元気が無くなっちゃってさ。 「雄一君、その話っていつ頃の話？」 「えーっと、俺たちが小学校一年の秋頃の話かな」 それって…… もしかして、彼が私の家の前を通っていた頃の話かな？ 「『俺の幸せは、赤とんぼが巡りあわせてくれたんだ！』なんて。あの男は恥かしげもなく、メルヘンチックな事を言ってましたよ」 これは最近聞いた話だけど、と付け加えて雄一君は男の子たちの方へ行ってしまった。 そこでミイラ男にげんこつで殴られていたのが目に入ったけれど、そんなのは私にとってどうでもいいことだった。 雄一君に聞いた話のせいで、心の中にモヤモヤにした物がどんどんと増えてしまったのだった。私は、彼ときちんと話をしなかった事に、今更ながら後悔しまくっていた。 「茜ちゃん、さっきから携帯ばっかり気にしてるんなら、掛けたらいいじゃない。彼に」 さすが、気遣いの人、見なくてもいいことまでよく見ている。 「え、そう？ 時間、見ていただけよ」 一応、言い訳をしてみたけど 「ふーん 腕時計してるのに」 ぐ、香耶ちゃん、付き合いが長いだけのことはある、痛いところを付いてくるな。 「色々考えないで自分の気持ちに素直になったほうがいいと思うよ」 「……そうね」 はい、分かってます。分かっているだけに、耳に痛い言葉だわ。でも、掛ける勇気があるかどうかは、これまた別問題でして。 私は香耶ちゃんからの追求を逃れるように、一人トイレへと席を立ったのだった。 「どうしよ……」 手の中に握り締めた携帯。 このままで良い訳がないことも分かっている。 履歴を表示して、リダイヤルボタンに指を掛ける すー、と、深呼吸をする それでも、押せない私がそこに居た。 何を意地になっているのだろう もう一度きちんと話を聞いて、そこから二人で考えれば良いことなのに。 一年間離れて過ごした時間が、私の中で忘れられない思いを残したというのに。 どうしたら…… 結局、電話出来ずに携帯を鞄に戻し、意気消沈したままみんなの所へ戻った。 ……はずだった、のに 店内はもぬけの殻で、みんなは消え去っていた。 なぜか、ミイラ男だけがポツリと座っていた。 他にはたった一人、マスターが何食わぬ顔をしてカウンターの中でコップを磨いていたのだった。 「茜、こっち来て座って」 私は、ミイラ男の発した声に驚かずには居られなかった。 何度もためらい、電話も出来なかった人がそこに居たのだった。 ……どうして 呆然と立ち尽くしている私を彼は手招きした。 「話をしよう、聞いてくれる？」 私は素直に肯き、彼の反対側に腰掛けた。 ミイラ男の包帯を少しずらしながら、あき君は話を始めたのだった。 今回の転勤は札幌の工場長さんが怪我をしたため、補佐が出来る人ということで人選がなされたのだそうで。彼が赴任中、息子のように可愛がってくれ、仕事の面でもお世話になった方だとか。その工場長からと会社双方から打診があり、経験の浅い自分でも何か役に立てればと辞令を受けたのだと言う。 「俺だって、悩まなかったわけじゃない」 この一言を聞いて、私の口から素直に言葉が零れた。 「この間はごめんなさい。ちゃんと話も聞かずに怒ったりして」 いいよって優しく許してくれ、あき君は話を続けた。 一年間の期限付きとは言えお前と離れて過ごした時間は、不安の連続だった。病気のこともそうだけど、離れて暮らすことによって気持ちまで離れてしまうんじゃないかと言う思い。 けれども俺の中で、茜の存在を確認するには充分な時間だったと思う。 今回は赴任したら三年は帰って来られないと思う。場合に寄っては定年まで帰って来られないかもしれない。 「俺と一緒に札幌へ行って欲しい」 「……それって」 「一応、プロポーズのつもりなんだけど……」 シーンと静まりかえったフロアに沈黙が流れた。 悩むことなく私の心は決まっていた。 でも…… 素直な気持ちになって、小さく肯いた。 「「「やったー！！」」」 誰も居なかったはずの店内に、拍手と歓声が響き渡った。 さっきまでの静けさが一瞬にして吹っ飛び、祝福の嵐を撒き起こしていた。 事の真相は、私の彼あき君こと沖野秋吾が雄一君に相談したのが発端だとか。 喧嘩した事を聞いていた香耶ちゃんも心配して雄一君に相談し、二人で悪巧み、もとい仲直りの切欠を作ってくれたのだった。 このパーティーはそのためだけに開かれたものだったのだ。 プロポーズまですることを条件に、みんなが協力してくれたのだと言う。 ガヤガヤとした祝福の中、あき君がこっそり耳打ちした。 茜は一度怒ると頑固だってみんなも言うから、協力してもらったんだ。 離れて過ごしながらお前の心配をするより、悩んででも一緒に居て生きたいって思ったんだ。だから、どんな方法でも茜ときちんと話をしたかったんだ。 でも、見世物みたいになって悪かったなって。 まるでびっくり箱のようなパーティーだったけれど、この日のことは一生忘れないわ。 みんなありがとう 大事な事は |
| なめこさんからお誕生日プレゼントを頂きました〜♪ 「Top16」を見て、つけて下さったお話で、前回の頂き物、『茜色がまぶしくて』の続編です。 あき君、おっとこまえですね〜♪こんな風にお話をつけていただくのはとても楽しいです。
'04.11.23
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